TEP Story Archives : 超小型衛星で宇宙をビジネスの場に変える

株式会社アクセルスペース  中村 友哉 氏
㈱アクセルスペース 代表取締役/TEPアントレプレナー会員

世界初となる商用超小型衛星の民間打ち上げ

2012年9月、宇宙の歴史に新たな1ページが加わる。東京大学発ベンチャーの株式会社アクセルスペースが、民間企業としては世界初となる商用の超小型衛星をロシアの宇宙基地から打ち上げる。大きさは一辺27cm、重量は10kg弱。気象情報会社のウェザーニューズ社が自社専用の人工衛星として、北極海域の海氷観測に利用するものだ。

地球温暖化の影響で夏季に航海が可能となりつつある北極海は、航路距離の短縮や燃料費の大幅削減につながるとあって、世界の海運会社が注目している。しかし、この海を安全に航行するためには、無数に漂う海氷の位置を正確に把握しなければならない。

既存の地球観測衛星は多くの利用者を抱えており、常に北極海だけを観測しているわけではないので、「欲しいときに、欲しい場所の情報を得る」ことは難しい。ウェザーニューズ社は独自の人工衛星を持つことで、鮮度の高い頻繁な観測情報をもとにした安全な航路を示すサービス提供を実現する。

低コストかつスピーディーに開発できる超小型衛星が今、宇宙利用サービスの新たな可能性を拓いている。

世界初の民間企業による商用超小型衛星「WNISAT-1」CGイメージ
世界初の民間企業による商用超小型衛星「WNISAT-1」CGイメージ
北極海ルートを使うと航海距離が大幅に短縮でき燃料費も削減できる
北極海ルートを使うと航海距離が大幅に短縮でき燃料費も削減できる

1社に1台、「My衛星」時代が到来

従来の大型衛星は、開発期間に5~10年、開発費は数百億円以上を要する。ビジネスの世界で10年後を見通すことは不可能に近く、市場のニーズもその間に大きく変わる。このような状況では、企業は巨額の投資判断を下せず、民間の宇宙利用は限定的だった。

一方、アクセルスペースが手掛ける超小型衛星は、開発期間は1~2年程度、開発費は大型衛星と比べて2ケタ安い1~2億円程度で済む。ヘリコプターと同程度のコスト感で企業が「My衛星」を導入できるというわけだ。また、このコストメリットを生かして複数の超小型衛星を打ち上げ、ネットワークでつなげば、地球上のあらゆる地域の状況変化を高頻度に把握する「リアルタイム地球観測システム」が構築できる。アクセルスペース代表取締役の中村友哉氏は「インターネットに次ぐ新たなインフラになり得る」と超小型衛星の可能性を確信している。

超小型衛星はサイズだけでなく
開発期間や開発費も「超小型」
超小型衛星はサイズだけでなく 開発期間や開発費も「超小型」

農業、海運、漁業での活用、さらには不法投棄の監視など、超小型衛星の活躍が期待される分野は幅広い。例えば、現在は定点カメラに頼っている交通渋滞のモニタリングも、衛星を使えば面的に状況把握ができ、情報精度は格段に上がる。

 超小型衛星はまさに精密機器、クリーンルームで緻密に製造される
超小型衛星はまさに精密機器、クリーンルームで緻密に製造される

さらに今後の利用拡大が見込まれる市場は、東南アジアやアフリカ、南米など。これらの国では国土開発のための観測や通信インフラ構築などで潜在的なニーズが高い。今後は衛星の開発と技術教育サービスをパッケージにして輸出していくなど、現地ニーズにあわせた事業展開を検討している。

宇宙利用のコンサルティング業

国家が中心となりトップダウン的に技術開発が進んできた大型衛星とはことなり、超小型衛星は大学からボトムアップ的に発展してきた。2003年、東京大学は世界で初めて、CubeSatと呼ばれる重さたった1kgの超小型衛星の打ち上げに成功した。この研究室のメンバーだったのが、現在アクセルスペースの代表取締役を務める中村友哉氏だ。大学時代に3つの超小型衛星プロジェクトに携わり、設計から製造、打ち上げ、運用まで衛星開発の全工程を経験してきた。

しかし当時は、生まれたばかりの超小型衛星に実用的なニーズはまだ顕在化しておらず、工学部大学生向けの教育用途としか見られていなかった。「超小型衛星に教育の枠を超えた、実用衛星としての価値が見出せないか」と考えていた時、ウェザーニューズ社から北極海域のモニタリングについて相談を受け、研究室の仲間らとともに2008年に起業に至った。「自分がやらなくても、いつか誰かが超小型衛星のビジネスを手掛けるはず。それなら自分が先駆者として道を拓きたい」との決意だった。

同社の強みは、高い技術力もさることながら、これまでのノウハウを生かした宇宙利用に関するコンサルティングにある。「製造は設計図があれば他でもできる。肝心なのは超小型衛星を使って何をするか、宇宙利用サービスを顧客と一緒に考え、設計に落とし込むプロセス」と中村氏は言い切る。

ハイテク産業のテクノロジーベンチャーとしては珍しいほど、同社にはコミュニケーション力や企画提案力に長けた人材が集まっている。例えば、事業開発部長を務める野尻悠太氏は、東京大学の各務茂夫教授が主宰するアントレプレナー道場の第一期生。宇宙開発技術を生かしたビジネスを考え、伝えるトレーニングを学生時代から積んでいたのだ。

現在社員7人のエキスパート集団が幅広い宇宙利用ソリューションを提供
現在社員7人のエキスパート集団が幅広い宇宙利用ソリューションを提供

宇宙は夢ではなくビジネスの場

衛星開発のノウハウは大学時代を含めると10年以上にわたる中村氏だが、経営者としての実績はまだ4年足らず。事業戦略や従業員のモチベーション管理など、社長として考えなければならないことは多い。その際に大きな助けとなるのが、起業家ネットワークだ。「色々な経営者の話を聞くことで、成功事例を学び新しい視点で物事が考えられるようになる」。

2009年12月、当時事業所を構えていた千葉県柏市・柏の葉キャンパスエリアのインキュベーション施設「東葛テクノプラザ」からの紹介で、TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)に入会した。交流会やイベントに参加するほか、TEPの村井代表から直接、事業戦略に対する具体的アドバイスやビジネスパートナーの紹介などを受けているという。

「宇宙の話をすると『夢があっていいね』と言われるが、宇宙は夢ではなくビジネスの場」と語る中村氏。2012年内には、2基の衛星を打ち上げる計画。将来は「新幹線のように、日本を代表するインフラ輸出産業として育てたい」。誰もが宇宙を当たり前のように使う時代に向けて、中村氏の挑戦は続く。

宇宙ビジネスの未来を拓く中村 友哉 代表取締役
宇宙ビジネスの未来を拓く中村 友哉 代表取締役