TEP Story Archives : 世界初“隠れ脳梗塞”を血液検査だけで見つけ出す

株式会社アミンファーマ研究所 五十嵐 一衛 氏
㈱アミンファーマ研究所 代表取締役社長/TEPアントレプレナー会員

3大死因に残された、最後のバイオマーカー

日本人の3大死因は、「がん」「心疾患」「脳疾患」。このうち、がんと心疾患は、血液検査で病気の予兆を知ることができる。病気の存在を示す「バイオマーカー」と呼ばれる血液中の成分が特定されているためだ。一方、残された脳疾患の対策は、医学界の長年の課題となっていた。

その特定に成功したのが、アミンファーマ研究所の代表取締役で千葉大学名誉教授でもある五十嵐一衛氏。千葉大学大学院での研究活動中に、脳梗塞と強い関連を持つ成分「アクロレイン」に注目。2007年に起業し、この成分を世界で初めての脳梗塞バイオマーカーとして特定した。2009年には血液検査だけで脳梗塞のリスクを約85%の精度で評価する検査サービスを開始した。

現在の日本には、脳梗塞のリスク患者とされる高血圧や高脂血症患者は約1000万人と推定されるが、そのうち従来の脳梗塞診断方法である「脳ドッグ」の受診者は年間わずか10万人程度。ほとんどの人は自覚症状のないまま生活を進め、ある日突然脳梗塞が発症するリスクを抱えている。

脳梗塞により60日間入院した際の費用は、およそ270万円。自己負担額だけでも60万円程となり個人の負担も大きいが、社会全体での医療費拡大の負担もまた大きい。

初期検査としてアミンファーマの「脳梗塞リスク評価サービス」が普及すれば、その救世主となり得る。受診の結果、リスクが高い人には脳ドッグによる精密検査を勧め、リスクが低い人も医師と相談しながら生活習慣を改善するなどして、脳梗塞の早期発見と発症防止に大きく貢献するからだ。

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<< 約85%の精度を誇る「脳梗塞リスク評価サービス」検査分析の風景

低価格サービスが普及の決め手

脳梗塞リスク評価サービスの優位性は、「簡単で安い」こと。一般に脳ドッグを受診するには4~7万円程度の費用がかかるが、同サービスは1万円程度。検査も採血だけなので、受診者の負担は極めて少ない。

反響は大きく、2012年1月時点でサービスを導入する医療機関は130を超え、設立5年目にして単年黒字化を達成する見込み。基礎研究期間が長く事業化が難しいといわれるバイオ分野では、画期的なことだ。

もちろん、最初からすべて順調だったわけではない。起業当初は、バイオベンチャーならではの苦労も経験した。医薬系の研究では、実験器具や専門的な薬品の購入などで、資金面の負担が通常の企業より多くなりがち。同社も例外ではなかったが、基礎研究段階ではNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)などからの補助金を受け、厳しい時期を乗り越えることができた。

五十嵐氏は当時も「脳梗塞マーカーは社会にとって必要なもの。我々にはこの技術を世の中に生み出す責任がある」と、その信念は揺るがなかった。

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<< 大学内での研究にとどめず、技術を社会に生かす挑戦を続ける五十嵐 一衛 代表取締役社長
(千葉大学名誉教授)

「事業のプロ」がビジネス拡大をサポート

五十嵐氏のビジネスに転機が訪れたのは、千葉県の産業振興担当から紹介されてTEPに加入した2009年。これまで以上に営業活動に力を入れるべく、TEPのエンジェル(投資家)に向けて現在の事業内容や今後の展望をプレゼンテーションし、投資支援を募った。

そこで出会ったのが、TEPエンジェル会員で自身も経営者として㈱シンク・ラボラトリーの代表を務める重田龍男氏。プレゼンテーションを聞いて、「こんなにすごい技術が、なぜ広まっていないのか。衝撃を受けた」という。エンジェル例会後に数度の面会を経て、アミンファーマへの出資を決断。資金支援だけではなく、社外取締役として参画し、経営サポートを行っている。

ビジネス経験が豊富な重田氏との出会いは、「なくてはならないものだった」と五十嵐氏も振り返る。資金面の支援はもちろん、もっとも力になっているのは販路拡大に向けた営業サポート。その最初の成果が、千葉県機械金属健康保険組合との一括契約。健康診断のメニューに組み込まれることで、検査サービスの利用者が一挙に拡大した。個々の医療機関ではなく、健康保険組合単位での契約は初めての実績となった。

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<< TEPでプレゼンテーションを行う五十嵐 社長

大学発ベンチャーはスタッフに営業ノウハウが少ないため、事業の成長スピードが加速せず停滞してしまうケースが多い。アミンファーマでも、個別医療機関への営業を通じて導入先は順調に伸びていたが、営業にかけられるマンパワーは少なく、事業を飛躍させるには限界を感じていた。そんな中での健康保険組合との契約は、この閉塞感を払しょくするのに十分の効果があった。前例ができたことで他の組合からも引き合いがあり、2012年中にも数件の導入が決定する見込みだ。

世界の健康診断の新スタンダードを作る

「世界の60歳以上の人口は、1950年から2009年にかけて2億500万人から7億3,700万人と3.5倍になった。2050年にはさらに3倍の20億人になると予測されている。アミンファーマは、その全員にサービス提供する可能性があり、リスク管理の推奨年齢である50歳以上となれば、対象はさらに増える」と、五十嵐氏の目は既に世界を捉えている。先進国の多くで医療費の拡大が国家的な課題になる中、同サービスへの需要は相当に高い。

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<< 「脳梗塞リスク評価サービス」の潜在市場は世界20億人以上に広がる

しかし、海外展開に向けては、信頼のおける臨床検査会社との提携や、各国の健康診断の実施形態に合わせた運用方法の確立など、いくつかの課題もあり容易ではない。

それでも、五十嵐氏は「ハードルは多いが、数年のうちにまずはアジアから海外展開を開始したい。最近ではメタボリックに関する検査が当たり前になったように、いずれ脳梗塞リスク評価も当たり前にできる」と断言する。

自信の裏付けは、高い技術力。五十嵐氏率いる常勤社員わずか5名のアミンファーマ研究所が、世界の健康診断のスタンダードを作る日は近い。